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警惕近代以来日本报纸煽动战争的危险性

2015-05-23 09:08 35个评论 字号:

明治十年(1877)年2月西南战争爆发,从明治初期随军记者们的取材活动开始,日本的战争报道由此开端。当时利用虚实交织的大活剧报道,报纸开始煽动战意。原每日新闻评论员,城西国际大学研究生院客座教授铃木健二讲述“西南战争的2个教训”。1894年的日清战 争(甲午战争)中各大报纸大肆宣扬所谓“进军号角的英勇兵”之类的“忠勇佳话”,以此来煽动战意。1904年的日俄战争,有不少报纸都在抢先煽动开战,其 中的朝日新闻利用挑衅桂太郎首相的强硬言论使销量大增。因为当初反对开战,万朝报和每日新闻的销量下滑,于是马上就转为开战派了。

译者:百度2ch吧 @三月轻舞之风
来源:http://tieba.baidu.com/p/3779790387?fr=ala0&pstaala=1

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资料图

日本の新闻 戦意高扬させて日露开戦を煽って部数を伸ばした

日本报纸宣扬战意煽动日俄战争增加发行量

日本の新闻 戦意高扬させて日露开戦を煽って部数を伸ばした

日本报纸宣扬战意煽动日俄战争增加发行量

NEWS ポストセブン 3月27日(金)7时6分配信

明治10年(1877)年2月に西南戦争が勃発すると、従军取材を行った明治初期のジャーナリストたちにより日本の戦争报道が始まった。このときの时に虚実をない交ぜにした大活剧报道によって、新闻の戦意高扬报道が始まったと言われる。

明治十年(1877)年2月西南战争爆发,从明治初期随军记者们的取材活动开始,日本的战争报道由此开端。当时利用虚实交织的大活剧报道,报纸开始煽动战意。

(注:西南战争发生于日本明治十年(1877年)2月至9月间,是明治维新期间平定鹿儿岛士族反政府叛乱的一次著名战役。因为鹿儿岛地处日本西南,故称之为“西南战争”。)

元毎日新闻论说委员で城西国际大学大学院客员教授の铃木健二氏は、「西南戦争の教训は2つある」と语る。

原每日新闻评论员,城西国际大学研究生院客座教授铃木健二讲述“西南战争的2个教训”。

「一つは、政府と军部の融通がなければ戦争取材ができないという形を作ったこと。融通された记者は当然、见返りとして政府军寄りの记事を书きます。実际、东京日日新闻の福地(桜痴)は木戸孝允のコネを利用して军内部に入り込み、西郷军を『贼军』と决めつけて、他纸に先駆けて政府军の优势をスクープし続けました。

第一点,得不到政府和军部的通融的话就无法进行战争取材。所以被通融的记者作为交换,理所当然的会写偏向政府军的新闻。事实上,东京日日新闻的福地源一郎就是木户孝允利用关系让其进入军队内部的,严厉谴责西乡军为“贼军”,比其他报纸抢先报道了政府军优势这一重大新闻。

(注:福地源一郎(1841~1906),号樱痴。日本长崎人,出身于医师家庭。政治家、文学家、记者。 1875年福地源一郎为翻译英文society一词而在日语里首先创用“社会”一词,1878年,他将英文 “socialism” 翻译为 “社会主义” 。这一词在1902年由梁启超引入中国。)

もう一つは、血沸き肉跃るような戦争记事が新闻の売り上げを如実に伸ばすことです。“戦争で太る”ことを知った新闻は西南戦争以降、民众の戦意を煽る姿势を强めます」

另外一点,令人激动不已、热血沸腾的战争新闻确实提高了报纸的销量。知道“发战争财”的报纸自西南战争之后,增强了煽动民众战意的态度。

1894年の日清戦争で各新闻は、「进军喇叭(らっぱ)の武勇兵」などの忠勇美谈で戦意を高扬させた。1904年の日露戦争では、むしろ多くの新闻が率先して开戦を煽り、なかでも朝日新闻は桂太郎首相を挑発する强硬论で部数を伸ばした。当初は开戦に反対していた「万朝报」や毎日新闻も売り上げの下落から、やがて开戦论に転じた。

1894年的日清战争(甲午战争)中各大报纸大肆宣扬所谓“进军号角的英勇兵”之类的“忠勇佳话”,以此来煽动战意。1904年的日俄战争,有不少报纸都在抢先煽动开战,其中的朝日新闻利用挑衅桂太郎首相的强硬言论使销量大增。因为当初反对开战,万朝报和每日新闻的销量下滑,于是马上就转为开战派了。

続く第一次大戦、日中戦争、太平洋戦争においても、ある局面を迎えると新闻が政府と军部の「広报机関」に成り下がり、御用报道を続けたことはよく知られている。铃木氏は、そもそも日本の新闻の成り立ちが原因だと指摘する。

在接下来的第一次世界大战,日中战争(抗日战争),太平洋战争中,受形势所迫的报纸在政府和军部的“广播报纸机关”的控制下没落了,只能进行所谓的御用报道。铃木指责这就是日本报纸没落的原因。

「西欧社会で新闻は権力の不当な干渉や彻底した弾圧と文字通り命を悬けて戦い、长い时间をかけて言论の自由を胜ち取りました。

在西欧社会中,报纸利用文字与权力的不当干涉和严酷的镇压做着殊死搏斗,经过长时间的苦战终于取得了言论的自由。

一方、日本では近代化を急ぐ明治政府が新闻を『人智発明、开化要用』の道具として、国民国家を形成する手段として用いた。藩に属していた人々を日本の『国民』とするため、ナショナリズムの育成に新闻が利用されたのです。その点が西欧と决定的に异なる。政府の庇护下で育った日本の新闻にとって、権力から独立した言论の自由は建前にすぎず、体を张って死守すべき権利ではない。

反观日本,急于求成近代化的明治政府把新闻作为“启发人智,开化必要”的道具,用作形成国民国家的手段。为了将藩属人民变成日本的”国民“,利用报纸育成“国家主义”。在政府庇护下成长的日本报纸,别说争取独立于权力的言论自由了,就是连挺身死守的权利也没有。

このため、戦时下では利益を优先して简単に政府や军部と一体化し、新闻自ら进军ラッパを吹き続けたのです」

因此,战时利益优先,政府和军部简单地一体化,报纸也就继续鼓吹战争号角了。

第二次大戦终结から70年が経过し、戦争は远くなったが、権力と新闻の関系は今も基本的に変わらない。政府机関や自治体、警察などでは记者クラブに囲われて、相も変わらぬ「発表ジャーナリズム」を続けている。

虽然第二次世界大战结束已过70年,但是战争却并未远去,权力和报纸的关系也基本没变。政府机关,自治团体和警察等等都包围着记者组织,不变的“发表新闻”还在持续。

そんな新闻の危険性について、铃木氏が警告する。

铃木警告那种报纸的危险性。

「新闻ほど戦争に弱いものはありません。过去の新闻报道から明らかなように、いざ戦争が近づけば、新闻は政府に胁され、または懐柔され、あげく统制されて进军ラッパを吹き鸣らします。その危険は今もなお続いているのです」

报纸是不比战争弱的东西。正如过去的新闻报道所表现出来的那样,一旦战争接近,报纸在政府的胁迫下也好,怀柔下也罢,总之都会被控制吹响进军的号角。那样的危险性至今仍然存在着。

※SAPIO2015年4月号

评论翻译:

emi***** | 55日前(2015/03/27 07:29) 报告 いいね
新闻业界は表では社会正义を掲げておきながら、裏では「押し纸」という暴力団颜负けの犯罪行为を行っていることに初めて知ったときは愕然した。押し纸の実态については「新闻贩売黒书」というサイトに详细に记述されている。
特に朝日新闻については弱者の味方などとよくうそぶけるものだと寒心する。この押し纸で得た不当利益が1200万という朝日新闻社员の超高额年収に充てられているのだ。
この押し纸问题について、外部からの追及だけでは新闻业界に胜てないだろう。谁か勇気ある人が社员に纷れて朝日新闻内部に潜入捜査して押し纸の动かぬ证拠を入手し、社会に押し纸の実态を暴露してほしい。そうすれば、さすがの朝日新闻も倒产するに违いない。

【新闻业表面上宣扬着社会正义的同时,背地里却干着被称作「押し纸」的连黑社会都相形见绌的犯罪勾当,我第一次知道的时候简直愕然。所谓「押し纸」实际上就是所谓“新闻贩卖黑书”,在网上有详细的记述。尤其是朝日新闻,不管不问弱者的疾苦,真是令人寒心。通过「押し纸」不当得利的1200万日元充当朝日新闻职员超高的年收入。这个「押し纸」问题从外部追查的话新闻业界是没有胜算的。希望有勇士混进公司职员之中潜入朝日新闻内部进行调查,取得证据,将这勾当在社会上曝光。那样的话,就算是朝日新闻也会破产的。】
9【赞】
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カメムシ大明神补佐代理付系长心得见习 | 55日前(2015/03/27 10:51) 报告 いいね
军との圧力をちらつかせられた协力関系を第一にもって来ているが実际は逆、マスコミが売上のため煽りに煽った结果、世论は开戦论に沸き立った。讲和に强硬に反対したのはマスコミと国民。

国民は感情论のツケを太平洋戦争败戦という形で払ったが、マスゴミは全部军部に责任を押し付けて被害者ヅラして国民にも说教を垂れていますね。ちなみに太平洋戦争开戦に最も热心だったマスゴミは朝日新闻社です。

【他说的第一点:军队施加压力强行进行合作,事实恰恰相反,大众媒体为了利益而煽动的结果就是开战论占据舆论主流。强硬反对讲和的是大众媒体和国民。
用太平洋的战争失败为国民的感情论买单,这些个大众媒体将责任全部推给军部,装出一副被害者的样子向国民进行说教。其实对太平洋战争开战最热心的媒体就是朝日新闻。】
10【赞】
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(注:「マスコミ」与「マスゴミ」意思都是大众媒体,后者是前者的蔑称。)

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  1. 政权三要素,枪杆子,笔杆子,钱袋子,三者缺一不可!笔杆子要么政府掌控,要么被私人掌控!不被操控的笔杆子是不存在的!是人就有偏见,所谓客观,根本不存在!

  2. 想想就后怕,七七事变前,日本占领了琉球、占领了台湾、占领了朝鲜、在东北扶植了满洲国,实际上控制了东北并拥有了东北的所有资源,国力还强过中国一大块,如果不着急慢慢来,后来还不知道怎么样。还要感谢那帮军国主义分子了,抗日战争一起来,日本资源大量消耗,迫不得已发动太平洋战争,然后,哦,对于日本人来说就没有然后了,哈哈。

  3. 哪国的媒体不被国家掌控呢?只不过形式不同罢了,中国人最起码知道媒体没法全信所以还会去网上搜搜东西,冥猪国家自认为自己高中国一等,傻不拉几的觉得媒体是公平公正的,连去谷歌一下的动力都没有,一个个被傻不拉几地忽悠成***,跟疯子一样地反中国,还恬不知耻地说自己只是反GONG,估计即使在欧美这种发达国家里面也只有受过良好教育的人里面的一部分人知道真实情况到底是什么,而其他人要么对中国一无所知,要么就是自以为是地对中国一本正经地胡说八道,简称一本道

  4. 日本人骨子里就把古中国时候的腐朽制度学了个遍,但却只学到了小道理,没学到汉文化精髓,从他们的一些日常表现中就可以看出来,大部分东西都是流于形式再加上一些小国岛民思想集成的文化。

    • 有些东西是学不来的 日本这样的国家从来没有过统治过多样的地形地貌 多民族 庞大的人口及无穷的内部矛盾的社会 这是要经过几千年才能具有的能力 日本 英国等这样的单民族 小地域的国家最了不得也是当个大臣 而中国是一直做皇帝的人 所以根本是学不来的 要经历长时间的磨难才能有的能力 中国能有这样的能力还多亏秦始皇了